おじいさんの時計店
定価1000円

森のそばに小さな時計店がありました。
いつも店先で、おじいさんが時計を直していました。
おじいさんは時計が大好きでしたので、どんなこわれた時計でも、
使えるようになるまで、ていねいに直してくれました。
そのせいか、おじいさんの時計店には、
いつも、お客さんがきていました。
森の動物たちも評判をきいて、時計を買いにやってきました。
でも人間の時計は、そのままでは動物たちの役に立ちません。
そこで、おじいさんは、動物たちに合せて時計を作り直してあげるのでした。
「おじいさん、ぼくの時計できてる?」
夏の朝早く、やってきたお客さんはリスでした。
「はいはい、できているよ」
おじいさんのとりだした時計は、リスの好きなどんぐりのかたちをしていました。
「ありがとう。でもこの時計で、ほんとうに早起きができるの?」
「できるとも。森いちばんの早起きになれるよ」
おじいさんは、どんぐり時計のねじを巻きながらいいました。
「このあわてんぼう時計は、朝だけ、いそいで時間が進むように作ってあるので、
毎朝、森のだれよりも、先に起こしてくれるよ」
「じゃあ、寝ぼうして、木の実をとりぞこねることもなくなる? おじいさん」
「ああ、だいじょうぶだとも」
りすはよろこんで帰っていきました。

「おはようございます」
大きな声はくま先生でした。
授業中、すぎいねむりをしてしまうくま先生に、
おじいさんは、やぎ校長先生の写真をはめこんだ時計を作ってあげました。
「これを机に置いておくとね……」
おじいさんが机に時計を置くと、
「おっほん!」
時計は、やぎ先生そっくりのしわがれた声で、せきばらいをしました。
くま先生は、びっくりしました。
「これじゃ、おちおち寝ていられないや。あっはっはっ、ありがとう」
くま先生は時計を受け取ると、汗をふきふき、学校へといそぎました。

ひとりぼっちのたぬきのおばあさんには、おしゃべり時計を作ってあげました。
おしゃべり時計はボタンを押すと、
「そのとおりだよ、おばあさん」とあいづちをうちました。
その声は、なつかしいおじさんにそっくりでした。
おばあさんは、さみしくなるとボタンを押しました。すると、
「そのとおりだよ、おばあさん」という声がきこえてきて、
おばさんは、さみしかったことなんか忘れてしまうのでした。
夏の昼下がり、おばあさんは幸せでした。

ある日、いたずらおさるが入院しました。
足をけがしてじっと寝ているのがたいくつでたまらないというおさるに、
おじいさんは、おもしろい時計を作ってあげました。
ぎゃくまわり時計です。
文字はそのままなのに、針がぎゃくにまわるのです。
針が三時をさしていたら、ほんとうは九時なのです。
それじゃ、四時四十六分をさしていたら……?
計算がややこしくって、おさるはたいくつどころではなくなりました。

やがて、森に秋が訪れるころ、りすが眠そうに大あくびをしながら、やってきました。
りすは、どんぐり時計をさしだすと、こういいました。
「おじいさん、この時計、なんとかならない?」
「おやおや、いったいどうしたというんだい」
おじいさんは、どんぐり時計を受けとりながら、ききました。
「最初は、よかったんだよね、ほんとうに、森いちばんに早起きができて。
でも、だんだん時間が早くなって、今は、まだ真夜中だというのに、
ぼくを起こすんだもの。すっかり寝不足なんだよ。ふわ〜ん」
「こりゃ悪かった。朝進めた時計を、その日のうちに戻しておくのを
すっかり忘れていたよ。しっぱい、しっぱい」
おじいさんは頭をかくと、
「時計を作り直してあげよう。二、三日したら、またおいで」
「約束だよ、おじいさん」
りすは、また大あくびをすると、帰っていきました。

しばらくすると、たぬきのおばあさんがやってきました。
「この時計、なんとかなりませんでしょうか」
といって、おしゃべり時計をさしだしました。
「こわれてしまったのですか」
おじいさんはおしゃべり時計を受けとると、ボタンをおしてみました。すると、
「そのとおりだよ、おばあさん」というやさしい声がきこえました。
たぬきのおばあさんはその声をきくと、ハンカチであふれる涙をふきました。
「夏の間はよかったんです。この時計がなつかしいおじいさんの声で、
『そのとおりだよおばあさん』といってくれるだけで、わたし、しあわせでした。
でも、秋になると、おじいさんの声をきいただけで、泣けてきて……」
たぬきのおばあさんは、鼻をつまらせていいました。
「それは、悪いことをした。森には、一足先に秋が来るのを忘れていたよ。
おしゃべり時計を、秋冬用になおしてあげよう」
おばさんは、お礼をいって帰っていきました。
「さあて、いったい、どうしたもんだろう……」
おじいさんは、熱いお茶をいれて一服しながら、
おばあさんに喜んでもらえる時計を、あれこれ考えはじめました。

翌日、おじいさんの店に、くま先生がやってきました。
「おや、くま先生、しばらくですたね」
「いやいや、おじいさん、ごぶさたいたしました。
この夏は、おじいさんが作ってくれたいねむり防止時計のおかげで、
ずいぶん助かりましたよ」
「そうですか、お役に立ちましたか」
「役にたつどころか、あの時計のおかげで、学校をやめずにすみましたよ」
「おや、うれしいことをいってくれるね」
おじいさんは、満足でした。
おじいさんは、お客さんによろこんでもらうのが、一番うれしいのです。
「ところで、おじいさん、この時計なんですがね……」
くま先生は、申し訳なさそうにいいました。
「実は、冬眠の季節が近づくと、眠たさもたいへんなもので、
校長先生のせきばらいでは、
目がさめなくなってきたのですよ。あっはっはっ」
くま先生は、かばんから時計をとりだすと、
「ひとつ、ねむけざましのきょうれつなやつをおねがいしますよ、おじいさん」
と大きな手をあわせていいました。
おじいさんは、こういうふうにお客さんから頼られるのが、二番目にうれしいのでした。
「いいとも、時計をあずかっておこう」
安心したくま先生は、マフラーを首に巻くと、ぶるっと身ぶるいして帰っていきました。

森の冬は、もうすぐそこまで来ています。
「さあ、いそがしくなってきたぞ」
おじいさんがそういって、背伸びをしたときです。
「ぐぐーっ」
おじいさんのおなかがなりました。
「おや、もうお昼か」
おじいさんが、そういいおわらないうちに、店の時計がいっせいに鳴り出しました。
12時でした。
店で一番正確な時計、それはおじいさんの腹時計かもしれませんね。





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