たんぽぽ |
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ローカル線を走っているその電車は、ずいぶんくたびれていました。 えんじ色のシートには、かぎざきをかがったあとがいくつかありましたし、 日よけの布も、色あせていました。 超スピードの特急やモダンな色合いの急行とすれ違うたびに、 古びた電車は、うらやましくてなりませんでした。 古びた電車の願いはただ一つ、かっこいい電車に変身することでした。 星がチカチカまばたく夜は願い事が叶うような気がして、 「どうか、ピカピカの電車になれますように」とけんめいに祈るのでした。 朝夕はともかく、昼間はがらすきで、 お客はほんの数えるほそしか乗ってきません。 あっちの席に長い髪のお姉さん、こっちの席には赤ちゃんを背負ったお母さん、 はじっこの席には、さっきまでふざけていた学生さんたち、 みんな、こっくりこっくりしています。 春のぽかぽかした陽気にくわえ、 古い電車のガッタンガッタンという揺れぐあいは、なんとも眠気を誘うのです。 小さい駅から、ひげの紳士が乗ってきました。 紳士は、居眠りしている人たちを見回すと、 おやおやというふうに、ほほえみました。 そして、かばんから本を出すと読み始めましたが、まもなく紳士も、 こっくりこっくりし始めました。 運転手までが大あくびをして、けんめいに睡魔とたたかっていましたが、 けれど、とうとう居眠りをしはじめました。 (な、なんてことだ!) おどろいた電車はふんばって、夢中でブレーキをかけました。 ガッタン、タン、タン、タン……。 エンジンの音がとまると、急にあたりは静まり返りました。 しばらくすると、鳥の鳴き声、水の流れる音、 遠くで走るバイクの音などが少しずつ聞こえてきました。 古びた電車は、何毎回もここを走ってきましたが、 今まで立ち止まって、鳥の鳴き声などきいたことはありませんでした。 耳がなれてくると、鳥の鳴き声にもいろいろあることがわかってきました。 甲高く叫ぶような声、忙しそうにせっつく声、 歌をうたっているような鳴き声もあれば、 おしゃべりを楽しんでいるようにとぎれなくさえずる声……。 電車はうっとり耳をかたむけました。 暖かいひざしが、車体をつつみます。 (う〜んいい気持。う〜ん……) 電車は生まれたはじめてのびをしました。 古くなった車体のあちこちが、ポキポキ音を立てました。 電車は、こんな近くてたんぽぽを見るのもはじめてでした。 黄色いたんぽぽの花をじっと見ていると、 どこかで出あったような、なつかしい気がしてきました。 (はあて、どこだっけ……?) そんな電車に、たんぽぽが、いっせいにほほえみました。 (あ……) 野原一面にさいているたんぽぽは、まるで星の子どもをちりばめたよう。 (おほっ) そよ風が、やさしく春のにおいを運んできます。 電車は、たまらなく幸せでした。 思いっきり深呼吸をしたとたん、鼻がむずむず……、 むふ、むふ、む、ふぁくしょん 大きなくしゃみがでました。はずみに車体がガタンと揺れて、 タン……タン……タン……と、動き出しました。 はっと目を覚ました運転手は、居眠りをしていたのに気づいて大あわて。 しっかり運転棒をにぎりなおすと、辺りをきょろきょろ見回しました。 「まだこの辺ということは……、 なあんだ、居眠りしかけたところだったのか、よかった」 ガタンとしたはずみに、ひげの紳士も学生さんたちも目をさましました。 お母さんもお姉さんも、(ここはっどこ?)というふうに、 窓の外をたしかめました。 窓の外は、ほこまでもどこまでも、たんぽぽの野原。 その中を、電車は何事もなかったように、ゴットンゴットン走っていました。 お客さんたちは、また、うとうとと居眠りをはじめました。 運転手は、もう眠ったりしませんでした。ぐっと前をにらんで運転しています。 古びた電車はというと、さっき伸びをして体中をポキポキいわせたせいか、 体が若返った気がしていました。 久しぶりに、心がはずんでなりませんでした。 ♪ ゴットンゴットン タンタンタン たんぽぽたんぽぽ 星の子さん 思わず鼻歌がこぼれました。 次の小さな駅に止まると、電車は線路ぎわのたんぽぽたちに声をかけました。 「やあ、こんにちわ、星の子さんたち」 たんぽぽたちは驚いて、でも、すぐにほほえんでくれました。 ♪ たんぽぽたんぽぽ 星の子さん たんぽぽたんぽぽ 星の子さん…… 古びた電車は走りながら、歌いつづけました。 ゴォーッ! 最新型の特急がすれちがいました。 古びた電車は、もう、うらやましいとは思いませんでした。 |