おいで野原へ




暖かい春のことでした。
一匹の子ぎつねが、ゆるやかな丘の斜面に座り、
首かざりを編んでいました。
丘には色とりどりの草花が、
まるでじゅうたんをしきつめたように、広がっていました。
子ぎつねがプチッと花をつむたびに、
すぐそばで、新しいつぼみがポッと咲いていきました。
  たんぽぽ れんげ きじむしろ
    すみれ かたばみ にわぜきしょう
花の組み合わせ方一つで、
ちがった感じの首かざりが、つぎつぎできあがっていきました。
夢中で編んでいくうちに、いつしか夕暮れになり、
母さんぎつねが迎えに来ました。
「おやまあ、たくさんの首かざり、いったいいくつ編んだの?」
ひっおつ、ふたあつ、みっつ……」
みんなで八個もありました。
母さんぎつねは首かざりを手にとると、一つ一つんがめながら、
自分の腕に通していきました。
「なんてかわいい首かざり。あら、これもすてき」
子ぎつねは、うれしくって、鼻がふくらんでいきました。
「こんなに上手に編んだんだもの、だれかにプレゼントしたらどうかしら?」
「母ちゃんにあげる」
子ぎつねは、ちょっと首をかしげていっました。
「ありがとう。それじゃ、このきんぽうげとすみれのをもらっていい?」
黄色と紫色の首かざりは、母さんぎつねによく似合いました。
「ほかのは、どうしょう?」
「ほかにあげたい人はいないの?」
「うーんと、あのね……」
子ぎつねは困ったときのくせで、クフッ、クフッと鼻を鳴らしました。
「ゆっくり考えてごらん」

お月さまが、向こうの空にすっかり登ってしまうころ、
大きなきつねと小さなきつねが、丘の上をひょこひょこ歩いていました。
昼間の子ぎつねと母さんぎつねでした。
母さんぎつねのかついた長い木の枝には、五個の首かざりが、
子ぎつねのかついた短い木の枝には、二個の首かざりが通してありました。
二匹は丘を下り、村をぬけ、やがて町までやってきました。
子ぎつねがこんなに遠くまできたのは、はじめてでした。
「わあ、すごい」
子ぎつねは、夜空をつきさすように建っている団地をみて、目をぱちくりさせました。
「ねえ母ちゃん、ほんとうにここにいるの? 
ぼくの首かざりをほしがっている人が」
「ほんとうよ、まあ、みておいで」
母さんぎつねは、団地の階段をかけあがりながら、
一軒、一軒、ドアに耳をつけていきました。
「えーっと、ここはいらないわね」
「どうして、ねえ。どうしてそこは、いらないの?」
「ドアの向こうから、お花の楽しそうなささやきが聞こえてきたからよ」
子ぎつねは、母さんぎつねのまねをしてドアに耳をくっつけてみましたが、
何も聞こえてきませんでした。
「フフフ、おまえには、まだむりかもね」
いくつめかのドアに耳を当てると、母さんぎつねは振り返って手招きしました。
「さあ、ここにひっかけて。ドアの向こうはひっそりさみしそう」
子ぎつねはいわれたとおりノブに首かざりをかけると、ドアにへばりついて、
耳をすませましたが、さっきの家とどうちがうのか、さっぱりわかりませんでした。
子ぎつねは、なんだか悲しくなって、鼻をクーンと鳴らしました。
そんな子ぎつねに母さんぎつねは、耳打ちしました。
「待ってってごらん。次の日曜日あたり、野原にお友だちがやってくるから。
このお花の首かざりは、その招待状なの」
「お友だち? しょうたいじょう?」
子ぎつね首をかしげながら、母さんの後を追いかけていきました。

ドアに首かざりをかけた日から三つ目の朝、
あたりが急にさわがしくなったかと思うと、
人間の子どもたちが歓声をあげながら、丘をかけのぼってきました。
「わあ、お花がいっぱい。首かざりとおんなじお花だよ。パパ、ママ、早く早く」
「なつかしいなあ。忘れていたよ、今が春だってこと」
「ほんと、思い出してよかったわ。あの首さざりのおかげよ。
これがすみれ、これがたんぽぽ」
おとなたちはなつかしそうに、原っぱにしゃがみこみました。
「パパたちが子どもの頃、一日中、原っぱで遊んでいたものさ。
思いっきり遊んで、ごはんをもりもり食べて、バタンキュウ。そんな毎日だったなあ」
「ママたち女の子は、あきもせず、毎日おままごとばかり。
たんぽぽやれんげは、お人形さんのごちそうだった。
夏は朝顔をしぼってジュース屋さんごっこ。
秋は、男の子とどんぐりでこまを作ったりしたのよ。
……あの頃は、今より、時間がゆっくり流れていた気がするわ」
子どもたちは花を摘んで、首かざりを作り始めましたが、
どうもうまくいかないようです。
子ぎつねは、じれったくてなりません。
(ほら、くるりとそこにひっかけて……。ちがう、ちがう。ほら、そこ)
   ぽーん
そのとき、だれかが子ぎつねの背中をおしたので、
子ぎつねは、かくれていた木陰からとびだしてしまいました。
びっくりしてふりかえると母さんぎつねでした。
(だいじょうぶ、みんなとおんなじよ)
母さんは、手まねでいいました。

「首さざりの編み方おしえてあげる」
そういって木陰からとびだしてきた男の子のまわりに、みんな集まってきました。
「たんぽぽ、すみれ、きんぽうげ……。ここを、こうひねって、ほらね」
子ぎつねの作った首かざりを見て、子どものひとりが叫びました。
「あ、君……。君だったの? ぼくんちのドアにお花の輪をかけてくれたの」
子ぎつねは、ちょっとはずかしそうにうなずきました。
肩をよせあって首かざりを編む子どもたちの背中に、
柔らかい春の陽ざしがあたっていました。。
そこだけ、時間がゆっくり流れているようでした。
   ポッ ポッ ポッ……。
花の咲くかすかな音が、子どもたちの耳にも心地よく聞こえていました。