ぼくは ワニつき イグアナつき |
「大介、わかっているわね。しつもんには、 はっきり 大きなこえで こたえるのよ」 きょうは、私立あけぼの小学校の、めんせつしけんの日です。 さっきから、大介より ママのほうが そわそわしています。 「こんどの オリンピック どこで ひらかれるか いえるわね?」 「ア・ト・ラ・ン・タ」 ママは、まんぞくそうに うなずきました。 じょうしきもんだいなら 大介は、なにをきかれても へのかっぱです。 だって、この 日の ために、じゅくで とっくんを うけてきたのです。 「山本大介くん」 なまえを よばれた 大介は、ほかの三人と いっしょに めんせつしつに 入りました。ながい テーブルの むこうに、 おじさんが三人、おばさんが二人 すわっていました。 (3たす 2は 5。みんなで5人いるよ) 大介は ゆびを つかわずに けいさんできるように なったことを、 おじさんたちに おしえたくって むずむずしました.。 でも 大介は がまんしました。だって めんせつしけんでは、 よけいな ことは、しゃべっては いけないのです。 いすに すわると、まんなかに すわっている めがねを かけた おじさんが、 にこにこしながら、ききました。 「おとうさんの おしごとが いえますか?」 なーんだ、そんな かんたんな こと。 「はーい、はーい」 大介は、右手を あげながら、 (あてて、あてて)というように、たちあがりました。 よこを 見ると、ほかの 三人は、おぎょうぎよく すわったまま、 手を あげて います。 (しまった。へんじは いっかい だけだった) 大介は、ぺろりと したを 出しました。 (いっけねえ、したを 出しては いけないんだ) じゅくで ちゅういされて いた いろいろな ことが、 大介の あたまの中を くるくる まわり だしました。 ― 足を ぶらぶらさせては いけない。 ― はなの あなに、ゆびを つっこんでは いけない。 ― ほかの 子が、まちがった こたえを いっても からかっては いけない。 ― 「うん」では なく、「はい」と こたえる。 ―パパは「パパ」では なく、「おとうさん」、ママは「ママ」では なく、 「おかあさん」といわなくちゃ いけない。 あれ、ちがった、あべこべ だったかな……。 大介は、あたまの 中が、こんがらがって しまいました。 「山本大介くん、きこえて いますか?」 気がつくと、くろくて まるい めがねを かけたおじさんが、 しんぱいそうに、大介の かおを のぞき こんでいました。 「あ、ウォーリー、ウォーリーだ」 へやに 入った しゅんかん、だれかに にていると おもっていたのですが、 その なぞが、いま とかました。 おじさんは、『ウォーリーをさがせ』の、あのウォーリーに そっくり でした。 ウォーリーの となりに すわっているおばさんが、大介を にらみました。 ウォーリーは、せきばらいを すると、大介に ききました。 「おとうさんの しごとが いえますか?」 どうやら、ほかの 三人は、もう こたえたようです。 大介は、大きいこえで いいました。 「パパの しごとは、ゴルフでえす」 テーブルの むこうで おじさんたちが、おやおやと いう かおを しました。 ウォーリーが、しょるいを 見ながら ききかえしました。 「きみの お父さんは、たしか、サラリーマンだと 思うのですが」 「あったりい。おじさん、パパを しって いるの?」 大介は うれしくって、足を ぴこぴこ させました。 おとうさんの しょくぎょうは、サラリーマン。なんかいも れんしゅうしたから、 しっています。でも、しごとと いわれたら、やっぱり ゴルフなのです。 ― また ゴルフ ですって? いいかげんに してください! ママから そう いわれる たびに、パパは、 ―しごと、しごと。これも しごとなんだ。 と いって いたからです。 ほかの子が、くすくす わらっています。 ウォーリーは、こまった ような かおを しています。 「それじゃ おかあさんの おしごとは?」 「三しょく ひるねつき こぶつき」 「えっ?」 「パパがね、ママは、きらくで いいよね、三しょく ひるねつき だからって。 そしたらママが ね、それだけ なら いいけれど、 こぶつき だから って、いったんだ」 「きみ、こぶって なんだか しってるの?」 ウォーリーは、おかしそうに ききました。 「しってる。だって、ぼくの ことだもん」 「ほう。おかあさんは、どうして きみの ことを こぶだと おもって いるんだろうね」 「わかんない。でも、てこずるんだって。だから、しっかりした 小学校に 入れたいらしい」 「しっかりした 小学校って?」 「ここみたく」 「で、きみは この学校に 入りたいのかね」 「わかんない」 「どうして?」 「だって、いい 先生が いるか、まだ しらべて ないんだもん」 「ほほう。もし、ぼくが 先生なら どうかね?」 どうかって、そんなの さいこうに きまってる。だって、 ウォーリーを さがせ こっごが、できるもん。 「やったあ、おじさんが 先生なら きて やっても いいよ」 大介は 立ち上がると、ぴょんぴょん とびはねました。 「いすに すわりなさい」 おばさんが えらそうに ちゅうい しました。 「おばさんは だれ?」 「だれって、わたしは この学校の りじちょう です」 「りじちょう? へんなの」 おばさんは、「まあ」といった あと、 「大介くん、あなたは ようちえんの 先生に とっても、 きっと、目の上の たんこぶ だったので しょうね」 と、しょるいに なにか、かきこみ ました。 「ほんと、ほんとうに そういわれたの? 目の上の たんこぶだって」 ママは、あわてています。 「うん、それって いいこと なんでしょう? おばさんが かんしん していたもの」 「ああ、もう ぜつぼうてきだわ」 ママは むねに 手をあてると、ためいき を つきました。 「あっはっはっ、それにしても ゆかいだね。おれの しごとが、ゴルフ だって?」 「わらいごと じゃ ありませんわ。あなたが いつも へんな いいわけを するから そのつけが まわって きわんだわ。じゅくで あれほど とっくん したのが、 すべて 水の あわだわ」 「まだ おちたって きまった わけじゃ ないだろう?」 「きまってるわ。この子、校長先生のことを、ウォーリーって いったのよ」 「だから、よせって いっただろう? 子どもは しぜんが いちばんさ。 大介の よさは、わかる人には、わかる」 パパは、ビールを コップにつぐと、 「おい 大介、水のあわより ビールの あわの ほうが、うまいぜ。どうだい?」 と ウィンクしました。 大介は、こぼれそうに なった あわを、ずるずると すすりました。 「また そう やって、大介を だらく させる」 ママは とうとう なきだして しまいました。 大介は、こんなに うれしそうな ママの かおを みるのは はじめて です。 「しんじられないわ。大介が、あけぼの小学校に とおった なんて」 ママは ごうかく つうちを、ひらひら させて、 いまにも おどり だしそう です。 それにしても、あけぼの小学校に ごくかくした ことは、 たいした こと らしい のです。 じゅくの 先生には ほめられるし、 しんせきの おばさんから おいわいは とどくし、 あう人 あう人が、「大介くんって、すごいね」 と、かんしん して くれるのです。 大介は、ちょっぴり とくいでした。 あ、むこうから、ゆみちゃんと おばちゃんが やって くる。 「ゆみちゃ〜ん」 あわてて かけだそうと したとたん、大介は、ころんで しまいました。 ゆみちゃんと おばちゃんは、そんな大介を よこ目で 見ると、 すっと、よこちょうに まがって しまいました。 「あ、ゆみちゃん……」 大介は、じんじんする ひざを さすりながら、 (ゆみちゃん、どう したんだろう?)と、おもいました。 ゆみちゃんは、大介とおなじ こばとようちえんの ゆりぐみさん でした。 ふたりは、スイミングも いっしょ、おんがくきょうしつも、じゅくも いっしょの なかよしさんでした。 それなのに、すってんころりと ころんで しまった 大介を ほったらかして むこうに いって しまうなんて、なんだかへんです。 「しかたが ないかもね」 ママは、ためいきをつきました。 ゆみちゃんは、あけぼの小学校に おっこちたんだって。 プールでも、じゅくでも、あんなに いっしょうけんめい だったのに。 ゆみちゃん、かわいそう……。 「ぼく、あけぼの小学校に なんか いかない。 ゆみちゃんと いっしょの 小学校が いい」 大介は、ぐずりました。 ママは、みょうに やさしい 声で いいました。 「大介ちゃん、ようく かんがえて ごらん。 ゆみちゃんと おなじ 小学校に いったとしてもよ、中学校は どうするの? 高校は? 大学は? 会社は? ね、なんでもかんでも いっしょ と いうわけには いかないでしょ?」 「いっしょと いうわけに いくもんね〜だ」 「いかないの! ゆみちゃんとは べつべつが うんめいなの」 「ぼく、ゆみちゃんと いっしょで なきゃ、学校に いかないもんね」 「大介!」 そのばん、大介は ゆめを みました。 ゆみちゃんと、ウォーリーをさがせごっこ をしている ゆめです。 さっきから 町じゅうを さがして いるのですが、 ウォーリーは、どこにも いません。 町まずれ まで くると、みちは ふたつに わかれて いました。 「ぼく、右の ほうに いく」 「じゃあ、あたしは 左」 ゆみちゃんは そういうと、つないでいた手を はなしました。 「それじゃ、ぼくも 左に いく」 「だめ。だいちゃんは 右に いきなさい」 「ぼく、ゆみちゃんと いっしょが いいよ」 「だいちゃんは 右。ゆみは 左」 ゆみちゃんは きっぱり そういうと、左の みちを はしって いきました。 「つまんないの」 ゆみちゃんは いっちゃうし、ウォーリーは みつからないし。 大介は ふくれながら、右の みちを すすんで いきました。 すると、こんどは みちが 三つに わかれて いました。 大介は、すこし かんがえてから、まんなかの みちを いきました。 つぎは 右のみちに、そのつぎは ひだりに と、すすんで いくうちに、 大介は、とうとう まいごに なって しまいました。 「だいちゃ〜ん、ここよ」 むこうで きれいな おねえさんが 手を ふっています。 大介は、はしって いきました。 「だいちゃん、わたしよ、わかる?」 「……あ、ゆみちゃんだ!」 ゆみちゃんが くるりと まわると、あかい スカートが、 かさのように ひろがりました。 「どうぶつえんに くれば、きっと だいちゃんに あえると おもっていたわ。 しいくがかりの しごとは おもしろい?」 「しいくがかり?」 大介は、じぶんを見て、びっくりしました。 ゴムのズボンに ゴムながを はいて、ブラシで ワニのせなかを こすって いるでは、ありませんか。 「それにしても、イグアナを ぼうしがわりに するなんて、 だいちゃん、かっこいい」 「イグアナ?」 あたまの 上の イグアナは、とぼけたかおに、 まるくて くろい ふちの めがねを かけて いました。 「あ、ウォーリー」 そう さけんだ ところで、目が さめました。 それにしても へんな ゆめです。ウォーリーが、イグアナだった だなんて。 (でも、おねえさんに なった ゆみちゃん かわいかったなあ) べつべつの みちを いっても、ゆみちゃんに またあえた。 これは、たとえ ゆめでも、ごきげんな はっけんでした。 で、あさごはんを たべながら、大介は ママに いいました。 「ぼく、ゆみちゃんと べつべつの 小学校に いっても いいや」 「まあ、ほんとうに?」 「そのかわり、ワニを かってね」 「ワニですって?」 たべかけの トーストを くわえたまま 、ママは 目を しろくろ させています。 「ぼく、ワニの せなかを、ブラシで こすり たいんだ。 それに、イグアナも かう」 「イ、イグアナ……」 「ゆめの中で、あたまに のっけてたんだ」 「なあんだ、ゆめの はなし だったの。びっくりするじゃ ないの。 ワニや イグアナを かうなんて、じょうだんでも ごめんだわ」 ママに どんなに はんたいされても、ワニと イグアナは かわなければ なりません。 ワニと イグアナさえ かって いれば、 べつべつの小学校に いっても、ゆみちゃんに またあえる。 そんな 気が するからです。 大介には、ママを うんと いわせる きりふだが あります。 (かって くれないなら、あけぼの小学校に いかないもんね) そういえば、いいんです。でお、それは、すこし、ひきょうかなと 思いました。 そこで、大介は、かんがえてから いいました。 「ママは、三しょく ひるねつき コブつき なんだよね」 「まあね」 ママは、くびを すくめました。 「なら、ぼくは、あけぼの小学校 ワニつき イグアナつき だもんね」 のどのおくを ぐぎりと ならして、パンを のみこんだママは、 どこか、イグアナに にていました。 。 |