とんぼ賞

★巷では、ノーベル賞を受賞した田中さんのお人柄が話題になっています。実は、わたしの周りにも、ノーベル賞はともかくも、人柄については負けないぐらい素敵な方が何人もいらっしゃいます。僭越ですが、その方々に、名誉も副賞もないのですが、「とんぼ賞」を捧げたいと思います。そういうお遊びのコーナーです。

現在決定している賞


@「頼みの綱」部門賞
A「太っ腹」部門賞
B「お助け」部門賞
C「おりじなる」部門賞
D「かけはし」部門賞  E「にこにこ」部門賞
F「ルヴァンな心」部門賞  G「ハーモ二ー」部門賞
H「ハッスル」部門賞  I「いつもでも♪」部門賞
Jお母さんばんざーい賞  
K「よくぞ出会えた」部門賞
L「命のかぎり」部門賞・
M「デリシャス」部門賞  N「ハッピー」部門賞


                    
@困ったときの 頼みの綱部門賞 江藤設備工業の江藤さん


クーラーの調子が悪い。
トイレが詰まった。
温水器が点火しない。
水道管から水が漏れている。
水回りの故障ほど緊急を要するものはありません。
そんな時、あなたなら、どこに頼みますか? 
そこは、すぐに来てくれますか?

ああ、江藤さん、あなたはまるでスーパーマンです。
困ったときに電話をすれば、緊急の場合はどんなに忙しくても
すっとんできてくれますね。
そして、とりあえず緊急手当てをしてくれますね。
それだけではありません。とことん直そうとしてくれます。
クーラーが故障したときのことを思い出します。
暑い屋外で、何時間もどこが悪いのかチェックをしてくれていましたね。
「故障するということには、必ず原因がある。それを見つけるのが楽しいんや」
といいながら。着ているシャツは、まるでプールに飛び込んだように
汗でびしょびしょでしたね。
「江藤さん、新しいのに替えてください」
こっちが恐縮してそういっても、「まあ、まちおなはれ」と
絶対に新品を買えと勧めたりしませんね。
ここが江藤さんの素晴らしいところです。
インタホーンの時もそうでした。
掃除機の時もそうでした。
シャワーの時も、
ガスが点火しないときもそうでした。
日曜日でも、お正月でも、家にさえいれば、
気持ちよく飛んできてくれます。
しかも、ほとんど実費だけです。
今どき、こんな人がいるでしょうか。

江藤さん。あなたがB型だということで、わたしはすべてを了解しました。
一つだけ困ったことは、江藤さんは山男。時々何日もいないことがあります。
水回りの故障が、江藤さんの山登り時でないことだけを
ひたすら願うだけです。



A「太っ腹」部門賞

アルミ缶回収は、
高齢者クラブの社会貢献と実益を兼ねた活動として
 8年間続いてきました。が、高齢化に伴い、
足でつぶす作業が負担になっていました

 以前、少しでも作業が楽になるようにと、
市から空き缶つぶし機なるものを貸与してもらっていたことがあるのですが、
却って手間のかかる使いにくいものでした。
もしかしたら、
ビール会社ならもっと便利な圧縮機の貸与情報などが聞けるもしれないと、
お客様センターに問い合わせてみました。
Aビールの対応は、
「そういうことには一切関知していません」
と取り付く島もありませんでした。
関知していないって、お宅が出している空き缶も大量にあるんですよ。
その垂れ流し状態の処置を高齢者にまかせっきりで、知らん振りなのですか!!
と言いたくなります(言ってしまいました)。
キリンビールにも電話をかけました。
「調べてみますのでお時間をくださいますか」とのこと。
結果A社と同じくお断りだったとしても、
私はキリンビールの姿勢を評価したいと思いました。
お客様係りの態度が、企業イメージが決まるということを、
Aビールに忠告しようかとおもいましたが、
それは、思いとどまりました。
企業は現場の対処が大切なのだと、痛感しました。
キリンビールから新菱(しんりょう)アルミリサイクルを紹介されました。
何度か交渉の末、特例として貸し出していただけるという朗報が届いたときは、
うれしくってとびあがりました。
自動的にアルミ缶とスチール缶の分別もしてくれる立派な器械だそうです。

今回、機械の貸し出しがなかったら、
回収作業は中止することになっていたかもしれません。
高齢者の生きがいなどを配慮した上で、
採算を度外視して決断してくださったキリンビールの心意気が、うれしいです。
機械は静岡からいったん新菱アルミ近畿回収センターのある尼崎に運ばれて、
それから届きました。
お高い機械を快く貸し出してくださって、ほんとうにありがとうございます。

関連HP 三菱マテリアルのアルミ缶リサイクル


(お願い)
「それじゃうちも貸してほしい」と、これを前例に無理なお願いをして、
先方を困らせないでくださいね。
今回のことは、特別な配慮ということでご理解くださいますようにお願います。


B「お助け」部門賞に、パソコン救急隊

親しくつきあっているくせに、実は何もわかっていないのがパソコンさま。
けっこう気難しくて、とつぜん機嫌が悪くなることも、しばしば。
画面が消えた、固まった。使い方は、えーっと……。
マニュアルを見ても、さっぱりわからない。
わからなくって当然。マニュアルというものは、
わからない者がますます混乱するように意図的に書かれているものなのだから。
聞くにかぎると思っても、メーカーの電話は、なかなかつながらない。
つながっても、たらいまわしにされることもある。
作業を中止せざるをえなくなって、途方にくれたこともたびたびあった。
が、パソコン救急隊を知ってから、そういう悩みから、すきっと解放された。
会員にさえなっておけば、
電話一本で、トラブル解消の適切なアドバイスをしてもらえる。
というのも、私の使っているパソコンの機能について、
担当者は、すべてクリアーしてくれている(私にはそう思える)。
電話の場合は、無料。しかも夜遅くまでやっている。
電話は、すぐにつながる。
担当者がいなくても、代わりの人がアドバイスしてくれる。
電話で処置できないときは、来てもらえる。
パソコンの操作についても、知りたいところだけを、
しかも、自宅で教えてもらえるので、無駄な時間がいらない。
教え方がうまい。
わからない者というのは、専門的なことをきいても混乱するだけだ。
「これは、そういうものだと思ってください」
この明瞭な説明の仕方に、わたしは感心してしまった。

来るたびにパソコンをチェックして、使いやすい状態にしてくれるのが、うれしい。
今までにクリアーできなかったトラブルは、ない。

パソコン救急隊のHP


C「おりじなる」部門賞に大工の岩重さん

「木の命は素晴らしい。
この流木は二百年以上も経ってるやろな」
九州の浜に打ち上げられていたのを、
惚れこんで拾ってきたという大工さんご自慢の流木は今、
我が家のくつろぎ部屋(平成10年増築)の屋根を支えている。
天井板は、船便の木箱を解体したもので、
刻印された地名のアルフアベットが、なかなかおしゃれだ。
床は、かっての木造の教室のイメージ。油引きこそしていないが、
厚さ5センチはある黒光りした板が、はめ込んである。
柱や梁は、真っ直ぐではなく曲線を描いている。
「杓子定規なことは、きらいや」
という大工さんは、設計など一切しない。
「こんな部屋が欲しい」
「ここに食器棚がほしい」
と注文さえすれば、それでいい。
ギギューンと電動ノコの音がしていたと思うと、
部屋はともかく、棚やなんかは、あっという間に出来上がる。
本棚は本やフアイルに合わせて、
食器棚は食器に合わせて、
洗濯機周りは、洗濯グッズに合わせて
小さなコレクションを飾る棚はそれに合わせて、
いかようにも作ってくれる。
ついていけない発想には、
「それは、ちょっと」と渋ると、「ほな止めとこか」と、
押し付けるということはない。

キッチンの改装には、スペインの古いタイルがはめ込まれた。
タイルの絵柄は手描きなので不ぞろい、しかも重い。
それを、荒削りの木枠にはめ込んで、
流しの下の収納庫の扉に。
IH調理器、食洗など四角四面の電気製品をはめこんだ流し台に、
暖かさが加わる。
糠床の甕も出し入れしやすいように、滑車つきの台を作ってくれた。
丸台に鎮座おわします糠床は、どこかほこらしげだ。

価値を認めてもらった流木や古タイルになりかわり、
創作大工の岩重さんご夫妻に、
「おりじなる」部門賞を贈ります。



D「かけはし」部門賞 楠玲子校長先生

「地域の方で、クラブ支援をしてもらえませんか」
赤坂台小学校の楠校長先生から声がけがあったのは、
1998年のことである。
さっそく有志を募った。
「たった一時間で何ができるの」とそっぽを向く人もあった中、
子どもたちのためならといってくれた人たちによる
「茶道クラブ」「手芸クラブ」「ボランティアクラブ」「お笑いクラブ」を、提案した。
今でこそ、地域での子育て支援が推進されているが、
当時は、先駆的な試みだったと思う。
地域の者に子どもたちを任せるのは、不安だったことだろうと思う。
にもかかわらず、楠校長先生は、
講師について、あれこれ質問されることもなかった。
信頼されている、という心地よさが、
なんの経験もない私たちを奮い立たせた。
すでに読み聞かせボランティアとして学校に入っていたメンバーによる
「絵本クラブ」をふくめて、五つのクラブ支援が始まった。
どうすれば子どもたちが楽しく学べるかを、それぞれが工夫した。
子どものためにはちがいなかったが、当初は、
校長先生のお役に立ちたいという思いの方が強かったかもしれない。
翌年、楠校長先生は転任され、
取り残された感じになった私たちは、引き続きクラブ支援をしながら、
いろいろ感じることも多かった。
「お笑いクラブ」が打ち切りになったときは、さみしかった。
不登校気味の子どもが、「お笑いクラブ」がある日だけは、
喜んで学校にくると、きいていたからだ。
「笑い」ほど、子どもの心を開くものはないのにと、残念でならなかった。
「ぼく、入りたかったのに」
と残念がる子どもが、女の子を含めて何人もいた。
他のクラブ支援は現在も続いているが、
その間に、子どもたちや先生方とも仲良くなり、
小学校から、他の支援の声がかかることも多くなった。たとえば、
昔あそび、高齢者との交流、車椅子の乗り方押し方の指導、
盲導犬とのふれあい、校歌の手話指導、お年よりの疑似体験などなど。
気軽に対応できるのも、クラブ支援を通じて学校とつながっていたおかげだと思う。

小学校と地域との間に大きなかけはしを作ってくださった楠玲子先生に、
感謝の気持をこめて、とんぼ賞の「かけはし」部門賞を捧げたく、
ここに記載させていただくものなり。
ああ、お遊びでなく、本当の賞を差し上げてほしい。




Eにこにこ部門賞 明星信子さん

高齢者や子どもを対象にしたボランティア活動を新しく興そうとすると、
必ず反対が入ります。
反対理由は、参加者のお年寄りや子どもに、「けがをさせたらどうするの」
「そこまで、せんでもええんとちがうん」「あれこれやりすぎ」
「これ以上忙しくなるのは、かなわん」などといったものです。
こういう問題は、保険をかけるなり、ボランティア増員に向かって働きかければ、
解消するものばかりなのです。
問題は、本当にその活動が必要とされているかどうなのです。

ボランティア活動は、窓口が多いほど、
「これは苦手だけれど、こっちのなら参加できるわ」と選ぶことができるので、
無理なくボランティアスタッフを増やしていくことができるのです。
ボランティアにいったん足を踏み込みと、
高齢者の方や子どもたちに喜んでもらえることはもちろん、
ご自身も楽しめることがわかり、
別のボランティア活動にも参加してもらえるという結果につながります。

回りの反対を押し切って、新しい活動を起こすのにはパワーがいります。
反対の多い中、「ええやん、とにかくやってみようよ」と、
いつも手を差し伸べ、後押ししてくれる人がいます。
明星信子さんです。
振り返ってみると、「やってみようよ」という明星パワーに支えられて、
校区内のボランティア活動を充実させることができてきたように思います。

現在、彼女は、一人暮らしだったご主人のお母さんを引き取って、
自宅介護をされています。
引き取られた当初は、明日をもわからない状態だったのですが、
献身的な介護の甲斐あって、
デーサービスなどにも参加できるほど、お元気になられました。
「ばら色の介護人生が始まった」と張り切っていたいつも笑顔の彼女のお人柄に、
とんぼ賞の「にこにこ部門賞」を捧げます。



F「ルヴァンな心」部門賞にルヴァン・ルビュールさん

ルヴァン・ルヴュールは、
こだわりの材料で作った焼きたてのパンがおいしい地元のパン屋さんだ。
が、だたのパン屋さんではない。
どんなパン屋さんかお話する前に、名前の由来をちょっと説明しておこう。
ルヴァンというのは、古い生地種のこと。
昔は、パンを作るに当たって、発酵させたパン生地を半分使い、
半分は、翌日のためにねかせておいたそうだ。
次の日、その生地に新しい小麦粉を混ぜて生地を練り、
また半分は、翌日のためにねかせておく……。
そうしてパンを焼いたそうだ。
そのねかせておくパン種のことをルヴァンといい、
ルビュールは発酵させるという意味だ。そう、オーナーから教わった。つまり、
ねかせておいた古いパン種を発酵させる、というのが店の名前の直訳だ。
まさに、ぴったり。
私がそう思うわけが、お店の中を覗いてもらえば、わかるだろう。

おいしそうなパンが並んでいる。
これはパン屋さんだからあたりまえだ。
そのパンの横には、泉北作業所の販売コーナーがある。
障害をもつ作業所の人たちが丹精こめた作った作品を売るいお手伝いを
ボランティアでされているというわけだ。
レジの横には、ユニセフ、盲導犬などの募金箱が常設されていて、
震災や心臓移植、ロシアの坊やのやけど、火山の噴火など、
一大事が起こるたびに別の募金箱が並ぶ。
奥さんが、それをこまめに送金されている.
私たちが、打ち合わせや語らいに使わせてもらっている喫茶―コーナーは、
地域の方の作品展会場になっている。
油絵や絵手紙などが入れ替わり展示されて、
パンを買いに来た人の心を和ませている。
定期的に、エレクトーンやフリュートなどの演奏会が開かれるが、
店の中は満員になり、その間(2〜3時間)は、営業はストップになる。
夏は、表で遊んでいる子どもたちが、「おばちゃん、お水ちょうだい」と
駆け込んでくることも、しばしば。
いろいろな活動の種の、まさに発酵の場になっているパン屋さんにも賞を差し上げたくて、
あれこれ考えていたのだが、今回、「ルヴァンな心」部門賞を設けた。
ぜひお受け取りください。




Gハーモニー部門賞に阿保ファミリーのみなさん

私の留守中にインタホーンが鳴った。
おばあちゃんが出て行くと、阿保さんちの雄真くんが立っていた。
「俊子さんいますか?」
と小五の彼はいったそうだ。俊子さんとは、私のことだ。
「今出かけてるけど」
と、おばあちゃん。
「そうですか、俊子さんにはいつもお世話になっているので、
みかんを少々もってきました」
小さなざるを差し出し、彼はそういったそうだ。
なんと行き届いた言葉。礼をわきまえた立派な紳士ではないか。
彼には、思いやりがある。たとえばこうだ。
「沢田さん、次の本はいつでるんですか? 実は、
ぼくのクラスでは、沢田さんの本が、めちゃ評判なんです」
と、折に触れていってくれる。
書かなくっちゃと、気持が高まる。
本が出ると、お金を握りしめて買いにきてくれる。
私は、(あげる)、とのどまで出ている言葉を飲み込んでいう。
「八百屋さんがダイコンあげてたら商売にならへんのと同じで、おばちゃんも、
本はあげられへん。ちょっとおまけしとくね」
「ありがとうございます」
とにかく、彼は素晴らしい。
彼個人に賞をあげたいぐらいだが、もっと素晴らしいのは彼のファミリー。

阿保ファミリーは、知るひとぞしる音楽一家なのだ。
               ピアノを弾く雄真くん(五年生)    ★注2003年1月現在
ヴァイオリンのりりかちゃん(四年生)
ヴォーカルとパーカッションのせれなちゃん(一年生)
フルートのお母さん
チェロのお父さん
バイオリンのおばあちゃん
ビオラのおじいちゃん
11月に行われたミニ演奏会は素晴らしかった。
せれなちゃんのあどけない、けれど声量のあるけんめいな歌声。
りりかちゃんの素晴らしい弓さばき。
雄真くんの力強い指先から流れる確かなメロディ。
そして、子どもたちを支える経験豊かな大人たちの見事な演奏。
雄真くんのおばあちゃん(といってもまだお若い)とは、
彼のパパが結婚するずっと前からのおつき合い。
「子どもを育てるのに、怒ったことは一度もない」というお人柄には、
いつも教えられることが多かった。
相手を認め合う。そんな家族だからこそ、
素敵な演奏が……。
阿保ファミリーのみなさんに、とんぼ賞のハーモニー部門賞を、さしあげます。
お遊びで恐縮です。でも心から……。




Hハッスル部門賞 林四郎氏


林四郎さんは80歳。元日経新聞社にお勤めだった知識人。
求められるがままに高齢者クラブの会長、自治会長など、
お忙しい毎日を送っていらっしゃいます。
その林さんから、もう10年前になるでしょうか、こういう相談を受けました。
「老人会で空き缶回収をしたいんですが、どう思われますか?」
「ええやないですか、協力しましょう」
ということではじまったのが、アルミ缶回収。
自治会に呼びかけ、
毎月一回決まった日に、各ご家庭の前に空き缶を出してもらうことになりました。
それを回収するのがわたしたち若手(?)の役目。
回収日には、自治会のメンバーなどが集まって、
集めてきた空き缶を、いっせいに足で踏んでつぶします。
そのときの音のすさまじさ!
と、ここまでは、どこの地域でも行われている風景かもしれません。
わたしがここで、林さんに賞をとおもったのは、回収日以外の
林さんのご活動です。
公園や緑道に落ちている空き缶回収はもちろん、
近くのマンションや団地のごみ捨て場から空き缶を探しだし、
毎日、自宅のガレージでつぶされているということです。
こつこつ、たった一人で。
「健康のためですよ」とご本人はいわれますが、
ひざを痛められ、またご病気も抱えられての、
特に、夏場の匂いもひどい作業は、
頭の下がる思いです。

常に地域のことに意欲的な氏に、
生き方を学び、後に続きたい私の思いをこめて、僭越ながら、
林四郎先輩に、とんぼ賞の「ハッスル部門賞」を贈らせていただきます。

林さんはお亡くなりになりました。
ご冥福をお祈り申し上げます。



Iいつでも♪部門賞 武京子さん

 武さんの本職はピアニストでもあり、
音楽教室の先生もされている。
でも、本職は作曲家。
ただでさえ忙しいにもかかわらず、地域のボランティア活動に、
 快く手を貸してくださっている。
たとえば、子育て支援の「らっこクラブ」。当クラブでの歌の時間はもちろん、
自由遊びの時間も、エレクトーンの生演奏が、とぎれることなく続いている。
小さな子どもたちが、無意識のうちに空気といっしょに音楽を吸い込んでいる素晴らしさに
気づいている人は、何人いるのでしょうか。
いえいえ、きっと大勢いらっしゃることでしょう。

高齢者支援活動一つ、「みんなカナリアの会」では、
童謡、唱歌はもちろん、なつかしの歌謡曲をつぎつぎ歌います。
どんな歌でも弾けない曲はないという武さんの魔法の指が奏でる伴奏部分が、
これまた素晴らしいのです。さすが作曲家です。
高齢者の方の音域を考慮して、何音が下げる配慮も忘れません。

「おもしろクラシック講座でも」、武さんは、いなくてはならない存在です。
ここでは、演奏家としてではなく、音楽の専門化としての知識が、
講師の新山さんを、力強く支えています。

そして、なんたって、毎年11月3日に「子どものための音楽会」に対する
彼女の貢献度は素晴らしいものです。

決してでしゃばらない、それでいてなくてはならない武さんの存在に、
とんぼ賞の「いつでも♪部門賞」を捧げます。
(名誉も副賞もなくって、ごめんね)




J「おかあさん、ばんざ〜い」部門賞


「子どもは、五人ほしいのです」
あなたからそう聞いてから、もう何年経つでしょうか。
去年の年賀状では、あきらめましたと書かれていたように記憶しています。
それが、まあ、今、受け取ったばかりの年賀状(2006年)には、
「念願の五人目を無事出産しました。4070グラムもありました」
と書かれているではありませんか♪
12月21日生まれですって?
できたて、いえ、生まれたてのほやほやですね。
おめでとうございます。
「希」というお名前に、あなたの願いがこめられているように思います。
子育てをパスしたい人が多い中、子育てが楽しいというあなたに、
「おかあさんばんざ〜い」部門賞を贈らせてください。
この賞には、「おとうさん、がんばってね」の意味もこめられています。
おとうさん、あなたのおくさまの願いは、
「ハンドバック買って」「海外旅行に連れてって」という願いと違って、
叶えたあとがたいへんです。
子どもにとって決していい時代とはいえない今、
おかあさんの願いを叶えてあげたおとうさんの心の広さも素敵です。
そんなおふたりの元に生まれてこられたお子さんたちは幸せです。

子どもの本がなかなか売れない時代ですが、
五人のお子さまが素敵な本に出会われて、
健やかに想像力の豊かに育てれますように。
偶然、喫茶店で隣り合わせたご縁に感謝しつつ。




Kよくぞ出会えた部門賞 三種の神器さま


世の中には、「よくぞ、まあ」と、天に感謝したくなる出会いがある。
あきっぽいわたしが、童話を書き続けていられるのも、
そんな出会のおかげである。

三つの出あいのうちの一つは、文章教室
頭に浮かんだ物語を「書き出す」という作業は、簡単なようで難しい。
口からでまかせ、幼い娘たちに聞かせていた「寝んね」の時の出たらめ話は、
時として、その展開のおもしろさに、(わたしって天才かも)と、ほくそえむこともあった。
が、翌朝目をさますと、きらきら輝いていた世界は、
いつも、炭酸飲料の泡のように記憶から消え去っていた。
なんとか思い出して書きとめておきたいと思ったが、
子育てにおわれて、「おはなし垂れ流し」状態が続いていた。
新聞で童話教室を知ったのは、下の娘が六年生になってからだった。
丸川栄子先生の童話教室。
ここで、生活童話というものがあることを、はじめて知った。
童話イコールメルヘンだと思いこんでいたわたしは、
正直いって、裏切られたような気がした。
(うそお、うそお)と思いつつ、その魅力にひかれ通いつづけているうち、
講師が、藤田富美恵先生に代わった。
お父上が漫才作家の秋田実氏だという藤田先生は、
もっと、もっと現実派だった。
おもしろかったが、そのうち書くことに行き詰まった。
長い作品が書けない。
出来上がったスケッチに色を塗りだしたとたん、
全くイメージが壊れて、がたがたになってしまうのである。
そのとき「天からの出会い」が……。吉橋通夫先生の文章教室である。
基礎から、文章の書き方をみっちり学んだ。
童話だけでなく、小説やエッセイを書く人たちのいるこの集まりで、
合評の鋭さと、ありがたさを知った。
必要なのは、冷静な仲間の目であることがわかった。
宮沢賢治の研究家で、絵本にも造詣が深い森井弘子先生の創作ゼミでは、
アーチストとして活躍している仲間たちに出会った。
刺激しあい、語らうことの楽しさは、創作する意欲につながっていった。


つ目の出会いは公募ガイド
この本のおかげで、書き上げた作品を試すことができた。
公募に応募して、入選もしたけれど、
その何倍も落選をくりかえした。
そのたびにファイトがわいてきた。
チャレンジする楽しさ。それに伴い、だんだん力がついていく自覚があった。
最初の本がでるきっかけも、もちろん公募ガイドが導いてくれた。
公募ガイドを知らなければ、
書き上げた作品は、今も机の引出しの中で眠っていたかもしれない。

さて、三つ目の出会いは、ワープロ(パソコン)である。
めりはりのない書体のわたしは、原稿を清書しているうちに、
自分の字にいやけがさしてきて、最後まで書ききれないでいた。
中学生の長女に頼み込んで清書させていたが、
そのうち、「またあ」といわれるようになった。
夫が社内販売で、ワープロを買ってきたのは、そんなときだった。
「型が古い」といいながら、
ワープロは、自分のために開発されたようにさえ、思えてきた。
活字になった文章は、自分をだますことができない。
客観的に、作品をみることもできた。
二代目のワープロから、いつのまにかパソコンも三代目になり、
情報収集・交換はもちろん、
原稿はメールで送付すればいいし、
ホームページも立ち上げることができ、パソコンさまさまの毎日である。

 ※
この三つの出会いのうち、どれが欠けていても、
私は童話を書きつづけることが、できなかったと思う。
まさに天から授かった三種の神器
お人柄という意味では、違っているかもしてないが、
畏れ多くもかしこくも、これらの三種の神器との出会いに感謝しつつ、
とんぼ賞の「よくぞ出会えた部門賞」を、お捧げするなーり。




L命のかぎり部門賞 山川自動車の山川さん


山川自動車の山川さん、あなたを忘れていては罰が当たります。
山川さんほど、腕のいい車の修理屋さんはいません。
いえ、もしいたとしても、山川さんほど良心的で、かつ腕のいい修理屋さんはいません。
いえ、もしいたとしても、山川さんほど、まだ走りたいという車の身になれる、
良心的で、かつ腕のいい修理屋さんは、他にはいません。
山川さん、あなたはすでにポンコツ同然の車に、
まだまだ走れるよ、と、魔法をかけてくれます。
我が家の車は、すでに10年。走行距離も13万キロを越えました。
エンジンも壊れ、ラジエーターも壊れ、あれも、これもと、順番に壊れていきました。
車に趣味のない夫と私は、次にほしい車もみつからないまま、
そのつど、修理を重ねてきました。
そして、私たちは愉快でなりません。
もしかしたら、我が家の車は永遠に乗れるかもしれないなんて、
ふと思ってみたりするからです。
それどころか、人間の命も、部品を取り替えていけば永遠に……なんて、
思ってみたりもするのです。
山川さん、最近物忘れがひどくなってきた私たち夫婦に、
取り替えていただく部品はないでしょうか。
もし、あれば、夫から先にお試しくださいますようお願いします。
成功の暁には、ぜひ、わたくしにも。

余談はさておき、命のかぎり走りつづけたいという世のポンコツ車に成り代わり、
とんぼ賞の命のかぎり部門賞をお届けします。
命のあるかぎり現役でいたいという私たち夫婦の気持も込めて。




M「デリシャス」部門賞 町子ちゃんの「魔法のなべ」

なべが届いた。
楕円形の両手なべで、赤めのオレンジ。フランス製だ。
素敵なんだが、とにかく重い。
漬物石ほどもあるというか、ふたの重さも、なべの常識を超えている。
「これで炊くと、なんでもおいしいから」
と、電話の向こうで町子ちゃんは、控えめにいった。
彼女は新婚の頃(といっても、もう二十五年近くも前)、うちのお隣にいた。
その頃からケーキ作りの名人で、
毎日のように、おいしいケーキのお相伴にあずかったものだ。
鎌倉に越してからは、パン教室で教え、
横浜に越してからは、国内海外を問わず食べ歩き、
東京は、タモリ邸のご近所さんになってからは、
ますます好奇心旺盛に、行動範囲を広げている。
そして、そのたびにおいし宅配便が届く。
そんなグルメな彼女おすすめのなべだから、
きっと……と思いつつも、その重さにしばらくは使わないでいた。

ある日、このなべでシチュウを作ってみて驚いた。
なべの威力は、すごかった。
じゃがいもも人参も肉も、それぞれのおいしさを残したまま、芯からほっくり。
スープには、玉ねぎ、トマト、ナス、かぼちゃ……などの
溶けた野菜の旨みが、凝縮されていた。
いつもの数倍、おいしさがグレードアップしていた。
パエリアもカレーも、ブタの角煮もダイコンの煮付けも、
おでんもブタ汁も、このなべで作ると、なぜだか、とにかくおいしい。
まさに「魔法のなべ」だ。
そうとしか、いいようがない。
なべがやたら重いのは、太った魔女が変身しているせいかもしれない。
……なんて思いつつ料理をするのは、楽しい。
おとぎ話をも育むこの見事な魔法のなべに、というか、
自分の身を犠牲にしてまでも(ちょっと太りすぎ)、
おいしさを追求しつづける町子ちゃんに、「デリシャス」部門賞を捧げます。



N「ハッピー」部門賞 ハッピーハウスの甲斐尚子さん

ハッピーハウスは、動物の保護施設です。
代表の甲斐さんは、
ご自分の飼っていた犬を不注意で亡くしてしまったことに心を痛め、
自宅を開放して保護活動を始めました。
1990年、1000坪の山林を借りて、
猫50匹、犬8匹で始めたときは、たった一人でした。
震災で一気に増えた孤児のペットたち。
現在では450匹もの犬や猫などが、
能勢妙見の山奥に保護されています。
20数名のスタッフが、
毎日、毎日、夜明けから日暮れまで、いえ真冬はとっぷり日が暮れてからも、
動物の世話に明け暮れています。
食事の世話、掃除、洗濯、健康管理、避妊、しつけ、訓練、
募金活動、医療、通信業務……。
取材に伺いましたが、450頭のお世話は、そりゃもう大変でした。
甲斐さんは、これに加え、講演やイベントの仕事もあります。
その忙しさは、お体、大丈夫かしらと心配になるほどです。
えさ代、医療費、設備費、光熱費、通信費、人件費などなど、
なんと、年間一億一千万円もの費用がかかるのも、頭の痛いことです。
それにしても、ここにくるまでの尽力を思うと、ただただ頭が下がる思いです。
命の重さはみな同じと、がんばっている甲斐さんに、
動物たちになりかわり、とんぼ賞の「ハッピー」部門賞を捧げます。
インターネット上で披露して、賞状に代えさせていただきます。

尚、ハッピーハウスでは、会員並びにボランティア募集中です。
散歩にいきたいよお、と、かわいい犬たちが待っています。
ホームページもごらんください。